2004/09/02 | 抽象クラス | |
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| 人間は、実存、つまりモノそのものでなく、それを分解して出来た概念(僕は抽象と言っています)を
欲しているということは、昔から当たり前のことになっています。2500年前くらい?
まず「概念」について説明しておきます。
例えば、「点」は概念でしかありません。数学的には「点」には大きさが無く、
実際に存在することは不可能です。紙に書いたとたん、それは「点」でなくなってしまいます。
また例えば、「走る」という言葉もそれだけでは人間が走るのか、犬が走るのか分かりません。
このように、それだけでは実存できない言葉を、概念(抽象)と呼んでいます。
例外があるかもしれないので「大抵は」と前置きしますが、大抵は概念(抽象)は、
実際に存在するモノ(「物理的モノ」とまでいうとしつこいかな)を観測した結果、
その特徴を分解して生まれます。リンゴは、「赤い」「丸い」「果物」などの概念を持ちます。
概念はそれだけでは世界に存在することが出来ません。
人間にとってみれば、概念は概念のままでも十分に利用できます。
人間の能力である、モノゴトを一般化し、未来を予測することは、
人間に備わった最も重要な機能の一つでしょう。それは概念により組み立てられます。
そしてそれを簡単に再利用可能にするためにと、仲間に伝達する為に、
人間は言葉を欲しがったのでしょう。
関係のあることとして、人間が映像や音楽などだけで楽しんだり出来、それにお金を
支払うことがとても普通にあるというのも興味深いことですね。
人間が最終的に欲しいのはモノだけでは無いわけです。
こういったことを、人はパンのみに・・と言ったのでしょうか。詳しくないです。
それら概念を伝達するために、インターネットはとても素晴らしいツールですね。
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