2005/04/23 13The Small Stories


今日は新宿で打ち合わせでした。

その会社の社長はもう55過ぎで、会社の方向性と大きな理想の物語を僕に話していました。

僕はフンフンと頷き、首尾よく「素晴らしいですね」と答ました。確かにその物語は素晴らしかったのです。



しかし、僕は気になっています。

悪い会社の社員達は、思考世界が非常に狭く、制限された領域の中で生きているように見えます。

社員達は、日々追加されるガハハ系社長のご大層な哲学によって、翻弄されているように見えます。



良い会社の人々は、個々のセンスを磨いていて、そしてそれぞれが自己の物語を持つことを許されています。

それは着ている服、話し方、表情に現れているように見えます。



今日、目の前で、そのようなことでくすぶっている若者がいます。

社長によるご大層な夢は、この小さな青年の夢を満たすわけではありません。

ナントカ業界にパラダイムシフトを起こすことは、この青年にとって、何の魅力もありません。

ハンバーガー業界に革命をもたらす為に、ハンバーガーショップで働く者は少ないでしょう。

この青年の夢はおそらく、僕がコーヒーのポットを完璧に磨き上げて、夜中に1人でコーヒーを

飲むのと同じようなものだろうと思いました。そしてこの青年は、その「小さな物語」を

実現する為に必要な、「現実的なシナリオ」を、今日も探し続けているように思えました。



なぜなら、その青年の目は輝いていたからです。

つまり、彼の人生の主人公は、まだ確かに彼だったのです。



「全ての束縛から脱出せよ。この地球からさえも。」

僕は、心の中でそうつぶやきました。



この国を良くすることよりも、

社会にはびこる巨悪を倒すことよりも、

世界に平和をもたらそうと計画することよりも、

よっぽど幸せを感じることがあるのです。



昨日よりも効率的なプログラムを書けること。

完全な1杯のコーヒーの抽出を完了すること。

雑踏の中で、僕に気付いて、その顔が笑顔になったこと。



それらにこそ、幸せ。つまりこの世界の、真実の瞬間を感じるのです。





思えば社長の脳内で起きている戦いだってそうです。

社長の心の中にいるいくつかの悪い脳細胞たちは、欲望によって制限された領域の中でしか

思考できないように仕組んでいます。それは自己欺瞞と呼ばれます。

正常な脳細胞たちは、日々追加される限りない欲望によって、翻弄されているようです。



この社長、本当にナントカ業界にパラダイムシフトを起こしたいのでしょうか。

お金はあるから、次は名誉による優越感を欲するようになっただけのような気もします。



つまり全体のこと、大きいことを考えているように見せて、実は自分のことを考えているのです。

それは一見、社会の大規模思考と自分の思考を一致させているように見えますが、

それはしばしば、独占欲と融合して、他の個人の思考と行動を抑圧するようになっているようです。





さて、人間はいつ完成するのでしょうか。

僕だってそうです。

僕の中にある自己欺瞞を完全に消し去ることなど、果たして出来るのでしょうか。

これでもか、これでもかと、心の中に飛ぶハエを叩いているけれど、

ハエは次から次へと現れて、ヒエラルキカルな地獄を僕に提案します。




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