2006/04/08 | Ribbon of the demon | |
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| 天気雨の降った土曜日。
得意先の部長の車で、ゴルフについての話をさんざん聞かされていたはずだったが、 いつのまにか僕は、階段で3Fに上がっていた。
歩くと床がぎしぎしと鳴る部屋で、石塗りで濃い緑色の壁を見る。 そこにかけられた絵の中では、女の子が悪魔にりぼんをもらっていた。 僕はフライパンにかかった埃を落とし、火にかけて、卵を割って、ピアノを弾いた。
しばらくすると、あたまがくしゃくしゃの少女が部屋に入ってきて、 僕の作った甘めに味付けした卵焼きを、勝手に食べだした。 僕は「亜麻色の髪の乙女」と、「BWV 1007 prelude」を弾いていた。
弾きはじめたときは気づかなかったけれど、このピアノの黒はとても深かった。 油断していたら、置いておいた僕の赤いネクタイが、すっかり黒に染まってしまっている。
僕はため息をついて、鍵盤を覗き込んでいた少女に、その使えないネクタイをあげた。 彼女はひらめいたように僕を押して椅子から立たせ、自分がそこに座り、 そして、弾くのに邪魔になる長い髪を、その黒いネクタイでまとめて、「白鳥」を弾きはじめた。
僕は低音側に立って、それを聴いていた。 それは上手では無かったのだけれど、僕は失敗した方が美しいと思った。
少女が失敗するという意味ではない。
僕の思い通りにならないほうが、世界は美しいと思った。
ゴルフの練習はしない。甘めの卵焼きがおいしく焼けるようにだけしておく。 |
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