2008/07/15 | salvation and prayer. | |
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| 「救い」ってある。
僕はむかーしから神様は信じない。 だから救いって言っても、神様に救われるとかじゃない。
時々、失敗したりして、自分ではどうしようもない事態になったりする。 そういう事態の時に、救われたり、いや、救われないこともあるけど。
どちらかというと、はっきりした物理的に近い苦しみと言うよりは、 うまくいかないこと、憂いのようなものに対して施されること。
「救い」とセットになってるっぽいのは、「祈り」だと思ってる。 時々、気づくと祈ったりしてることがある。 目をつぶって「お願い!」と思ってる間とか。 顔をしかめて「やっべーーー」と言ってる間とか。 確かに祈ってる。
考えてみれば、人間にとって祈りと言うのは、すごい電波系の行動。 黙祷みたいなデモンストレーション的なものもあるけど、 基本的には、なーにやってんだこいつみたいな行動。
淡々とやればいいものを。。。
大体、喜怒哀楽が既に祈りみたいなものか。
笑っている人は祈っている。 怒っている人は祈っている。 泣いている人は祈っている。
そう考えると、人間は常に救いを求めているね。
小さい頃は、神様を信じなければ、祈りも意味が無いし、 救いも無いとも思ってたんだけど、
いつの間にか、救いは、人によってもたらされているということに気づいていた。 サンタみたいなもんで。いや、ちょっと違うけど。
本当に、ちょっとした言葉で救われることがある。 それまでずーっと、落ち込んでいたり、何かが気になっていて、 死んでるようになっていても、一言で救われることがある。
だから「祈り」の方も、人に対するものであったりする。 それってなんだろう。そうか。それがアレか。
と、ちょっと思ってた。まだ確信は持てないけど。
誰かに祈りを受け止めてもらったら、 なんて人は幸せなんだろう。
誰かの祈りを受け止めることができたら、 なんて人は幸せなんだろう。
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