2020/07/18 | Humility (of god's speed) | |
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| 「宇宙速度」の、違うアプローチでの解釈について書いておきます。
私たちの脳の、エミュレーションとシミュレーションは、 それ自体にとても時間がかかっているように思えます。
意思決定に何の迷いも無いものは、宇宙速度に近いように感じられます。
これも言葉の定義の問題ですが、それを「謙譲」と言うことにします。 基本的には自分に正直であり、できれば他者にも正直であるということです。
あらためて「謙譲」について記述します。 「謙譲」(Humility) とは、自らのすべてをさらけ出して生きることだと考えます。 隠し事をしない。何かの技術を独占したり、真実を隠したりしないことです。 自分の無能も有能も隠さないことです。 これは一概に良いことだとは言えないと思われます。 自らの生命を危険にさらす危険性が多々あるからです。 誰かに強要したり、目指したりするように勧めるのも良いこととは言えません。※1
自らの全てをさらけ出して生きることは、 つまり森に生えている「木」のように生きることだと考えられます。 自分の武器も弱点もさらけ出します。
しかしその、世界と一体化しているように見える「木」でさえも、 宇宙に完全に祝福されてはいません。 自らが生きるために、宇宙(自分に対して世界側)を少しずつ修正することによって生きています。
さて、自らの全てをさらけ出して生きることを、頭と心で想像して、世界を考え直した時、 「恥」(shame)は、存在しないことに気づきます。 強いて言うなら、実際に人に迷惑をかけることは恥だと言葉を定義できますが、 人間の心に、先験的に浮かんでくる、あらゆる欲望も、恥ずべきものではないと、つくづく思われます。
恥は、社会的倫理に反した欲を持ったことを、責められ、虐げられる不安です。
日本人の侍魂(さむらいだましい)に、「恥を重んじる」みたいなのが期待されていて、 観光にも役立っているかもしれませんので、 それであれば、「日本人は恥に詳しい」みたいに設定して、上手に昇華したいところです。
常識では軽蔑されるような願いを打ち明けられる他者が、全ての人に居る状態が望まれます。
参考:ウルティマ「謙譲」 参考:年をとった鰐
※1:生命の危険が、相対的に無い側が、真実を隠すことで何らかの「牛耳り」を 行うのであれば、それが相対的に悪いということはできるかもしれません。 |
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